▼前回の記事▼
1歳を過ぎてからはどんどん回りの子供たちと差が開いていくので、本当にいろんなことを思って子育てをしていました。
発達障害について検索し始め、勉強し始めたのもこの頃から。
それでも今思えばまだまだ軽く受け止めていたなぁと思います。
1歳ごろのこだわり行動
テレビのエンドロール
リクルートのCM
テレビのエンドロールへの執着
1歳を過ぎたころ。
テレビのエンドロールが始まると、寄って行って顔を極限まで近づけ、文字をひたすら追うんですよ。
ちょっと異様な光景だったので、この行動をきっかけに、やっぱり、いやもしかすると何かあるかもしれないぞという違和感を持ちはじめます。
リクルートのサウンドロゴへの執着
長男はリクルートのCMが始まると、一目散にテレビの前にスタンバイ。
最後のリクルートのサウンドロゴで必ずテレビの液晶を激しく2回叩くというよくわからないこだわりがありました。
これが毎回だと結構きつくて、テレビでリクルートのCMがいつ流れるかビクビクして過ごしてましたね。
かといってチャンネルをかえると癇癪を起こして手が付けられなくなるので、2歳半くらいまでこれに付き合って、急にやらなくなりました。
1歳半検診の様子
この健診は忘れもしません。
「1歳半ってこんなことができるのか?」のオンパレードでした。
到着して約1分で消える
もう言うまでもなく、ちょうどこの頃歩けるようになったのをいいことに、ずんずん建物の奥深くに走り去る我が子。
手続きをしている間に勝手に階段を上りだし、抑え込んで捕らえられたマグロのごとく腕の中で奇声&大暴れしながら何度も何度も脱走。
回りを見ると、ほかの子たちは座って本を読んだり、お母さんの膝に座ったりしてるではないか….
そんな我が子の様子を見かねた保健師さんが声をかけてくれ、”どうぞ”と奥の部屋へ通してくださいました。
積み木なんぞ積めない
自治体の1歳半検診の内容ってどこも同じなわけではなさそうなんですが、うちの地域ではまず、四角い積み木を3つ机に出して、「上に乗せてね~」って言われたんですけれど、当然できません。
むしろこんな小さい子にまず言葉が伝わるのか?と思ったぐらいです。
案の定長男は積み木を投げて遊んで終わり。
指差し
次に1枚の厚紙にイラストが6つ描かれているものを出され、
「ブーブーはどれ?」
「わんわんはどれかな?」
と笑顔で問いかけてくる保健師殿。
案の定息子は厚紙を奪って放り投げました。
私から「すみません…それは無理です」とはっきり申告し、相談用紙の気になるところの欄に保健師さんの手で「言葉が遅い」とはっきり青文字で書かれたことを今でも覚えています。
身体検査が終わって別部屋へ誘導される
他の人たちが帰っていく中、何やら別の部屋へ来いと誘導されまして。
そこでは先ほど保健師さんに書かれた、「言葉が遅い」ことについて深堀りされるされる。
特にそこまで気にしてなかったけれど「心配ですよね~」と言われると、「そうですねぇ」と返してました。
「2歳まで様子を見ましょう。また2歳になったら通知を送りますので検診にいらしてくださいね」
最終的にこう言われ、恐怖の1歳半検診は幕を閉じたのでした。
今思えば言葉そのものより、意思疎通が図れないことの方がよっぽど気になっていたんだけどなぁ。
1歳6カ月~ 保育園へ通うようになる
1歳半ごろ、四六時中1対1だと騒音と破壊のお祭り騒ぎで離れる時間を作らんと精神的にきつくなってきたこともあり、保育園に入れる決意をしました。
ちょうどそろそろ簡単なものでもいいから仕事をしたいなぁと考えていたところ、求人アプリで見つけた”企業主導型保育事業のオープニングスタッフ募集”。
何やら働くその保育園で子供を見てくれるという最高の環境で、子連れ面接でOKという神がかった求人です。
何かあればすぐに対応できるので、ちょっと社会生活が想像できなかった長男でもこれならいいんじゃないかと思い、すぐに応募。
ここでたくさんの子供たちと出会うことになるんですが、この経験はのちに私の宝になります。
この保育園で、保育補助の経験ができたことに今でも感謝の日々です。
同じ月齢のこどもたち
まず立ってる。みんな立ってる。
まぁわかっていたことですが、やっぱり小鉄だけ赤ちゃんな印象です。
他の子たちが呼んだら振り向き、親の周りから離れずに遊んでいたことに驚愕しました。
小鉄だけが私の声に見向きもせず、おもちゃを全部ひっくり返し、遠くの方で寝そべってタイヤを転がす毎日がはじまりました。
寝ない問題
保育園では、午後睡(おひるね)の時間が
11時半~14時ぐらいまで設けられていたんですが、これまた小鉄だけ毎日寝ません。
最初は事務所で仕事をしていたので、保育士さんたちが見ていてくれたんですけど、静かに大人しくできないため、最終的には事務所で私が見ることになっていきます。
(保育士さんたちも事務仕事があるので)
1歳半で抱っこ紐ってなかなかきつかったと思うんですよね。
でも当時ちょっとおかしいぐらい溺愛していたので、抱っこしながから平然と仕事をして毎日過ごしていました。
今思うとよくあんなことしてたなと思いますけど・・・
はじめて歩いた日のこと
事務所で仕事をしてると、何やら保育室が騒がしい。
”おぉぉぉ~!!”
とみんなが拍手しているので気になって覗いてみると、そこには小鉄の走る姿が!!!!
いやいきなり走るんかい、という突っ込みを飲み込んでものすごく感動したことを覚えています。
先生方も同じように喜んでくださったので、集団保育のいいところだなぁと感じた瞬間でした。
保育園の朝のごあいさつ・帰りの会
通っていた保育園では、自由遊びから朝のごあいさつの際、先生がピアノで合図をして、みんながお片付け⇒絵本の読み聞かせ⇒お歌のじかん⇒ごあいさつという流れがありました。
小鉄はこの一連の流れ全てを拒否。
お片付けの時点で喚きはじめ、みんなが絵本の前に並んで座っている中、遠くで寝そべっているのがスタンダードスタイルでした。
(今でも日常のすべてのルーティンを切り替える際は全て拒否です。)
ですので、朝の会の後の水分補給⇒お散歩もまったくスムーズに行動できず、先生1人が付きっきりの状態。
さすがに先生も困っていましたが、たぶん勉強されてるのでこの時点で小鉄の特性に気付いていた先生もおられたんじゃないかと思ってます。
お散歩は戦争
園児8人を乗せるカートにまぁ乗らない。乗せようとすると全力で足をバタつかせて大泣き。
手を繋がない。繋ぐと大泣き、大暴れ。
並んで歩かない。先にどんどん走っていく。
当然帰らないので、公園に親子2人置き去りなんてざらでした。
さすがに私も泣きそうになったことが何回かあります。
保育園から帰らない
「帰るよ」と声をかけると逃げる。
最終的に無理やり抱きかかえて帰る体力勝負の日々でした。
帰りの車でまた泣きそうになったりして、本当に辛かったんだなぁと今改めて思います。
はじまった横目の世界
ちょうど保育園に入園した頃から、保育室のベビーベッドの前を行ったりきたりするのを見かけるように。
何をしているのか気になってよく見ると、横目で柵を見ながら往復してたんですよ笑
この時期からどんどん頻度が上がりました。横目で見てるのは主にこんなのです。
- フェンス
- 壁沿い
- 人の唇の境目
- 床の規則的な模様
- プラレールの走行
- テレビのエンドロール
親戚に重度自閉(知的あり)のにーちゃんがいて、小さいころからよく遊んでいたので、自閉スペクトラム症の子どもによく見られる行動だということは知っていました。
あぁ、やっぱりなぁといった感じです。
2歳のころの発語
この頃はまだ
- ”マンマ”
- ”これ”
この2つのみでした。
四六時中喃語を喋ってはいたので、そのうち言葉も出るだろうと思い、そこまで気にしてなかったように思います。
つづき>発達障害グレーゾーン長男小鉄のあゆみ~絶望していた2歳の頃~
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